言葉の語源
日常、耳にする言葉の意味を調べています。 日本語って知れば知るほど魅力のある言葉ですね。
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自然に親しむとともに、その恩恵に感謝し、豊かな心をはぐぐむため。
当初は昭和天皇の誕生日4月29日だった。自然を愛でた昭和天皇を忍ぶ日という意味もあったけれども法律に盛り込まれなかったため、2007年から4月29日は「昭和の日」、「みどりの日」は5月4日に換わった。
<参考>
くもんなぜなぜカレンダー2009より
当初は昭和天皇の誕生日4月29日だった。自然を愛でた昭和天皇を忍ぶ日という意味もあったけれども法律に盛り込まれなかったため、2007年から4月29日は「昭和の日」、「みどりの日」は5月4日に換わった。
<参考>
くもんなぜなぜカレンダー2009より
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同じユリ科の植物です。どちらも食べるのは葉の部分で、地中で丸くなるのが玉ネギ、真っすぐになるのが長ネギと分けているのです。
(くもんなぜなぜカレンダーより2009)
甘いカステラは子どもからお年寄りまで好きな和菓子ですね。
カステラの下には薄紙が敷いてありますが、何か意味があるのでしょうか?
銅板にカステラのゴゲが付かないように薄紙を引いて焼くのです。
カステラは銅板を熱して焼き上げます。直接銅板の上にカステラの生地を載せると焦げ付くので、焼いた回数だけ銅板の焦げを取らねば、カステラが焼くことができません。
薄紙を一枚敷くだけで、焼いたあと焦げ付きもなく、次のカステラの生地をスムーズに焼くことができるのですね。
(くもんなぜなぜカレンダーより2009)
カステラの下には薄紙が敷いてありますが、何か意味があるのでしょうか?
銅板にカステラのゴゲが付かないように薄紙を引いて焼くのです。
カステラは銅板を熱して焼き上げます。直接銅板の上にカステラの生地を載せると焦げ付くので、焼いた回数だけ銅板の焦げを取らねば、カステラが焼くことができません。
薄紙を一枚敷くだけで、焼いたあと焦げ付きもなく、次のカステラの生地をスムーズに焼くことができるのですね。
(くもんなぜなぜカレンダーより2009)
友達に仏教関連の仕事をするようになったというと聖教新聞の「きょうの発心」を切り抜いてくれました。もったいないので、掲載します。
〔御文〕
一念に億劫の辛労を尽くせば
本来無作の三身念念に起こるなり
所謂南無妙法蓮華経は精進行なり
〔読み〕
おんぎくでんP790、編1,636
いちねんにおくごうのしんろうをつくせば
ほんらいむさのさんじんねんねんにおこるなり
いわゆるなむみょうほうれんげきょうはしょうじんぎょうなり
〔通解〕
一念に億劫の辛労を尽くして自行化他*にわかる実践に励んでいくなら、
本来わが身に具わっている仏の生命が瞬間瞬間に現れてくる。
いわゆる南無妙法蓮華経は精進行である。
化他*
け‐た【化他】
(1)〔仏〕他人を教化すること。大乗仏教の二目的の一。⇔自行⇔自利。
(2)門付け。「―に歩く」
広辞苑 第五版 (C)1998,2004 株式会社岩波書店
〔御文〕
一念に億劫の辛労を尽くせば
本来無作の三身念念に起こるなり
所謂南無妙法蓮華経は精進行なり
〔読み〕
おんぎくでんP790、編1,636
いちねんにおくごうのしんろうをつくせば
ほんらいむさのさんじんねんねんにおこるなり
いわゆるなむみょうほうれんげきょうはしょうじんぎょうなり
〔通解〕
一念に億劫の辛労を尽くして自行化他*にわかる実践に励んでいくなら、
本来わが身に具わっている仏の生命が瞬間瞬間に現れてくる。
いわゆる南無妙法蓮華経は精進行である。
化他*
け‐た【化他】
(1)〔仏〕他人を教化すること。大乗仏教の二目的の一。⇔自行⇔自利。
(2)門付け。「―に歩く」
広辞苑 第五版 (C)1998,2004 株式会社岩波書店
■付け焼き刃(つけやきば)
その場逃れのために、にわか仕込みで勉強することをいい、中世の鎌倉、室町時代につくられた刀鍛冶(かたなかじ)の用語です。
日本刀を作るには、何度も地金を金鎚で打って鍛えなければ、切れ味の鋭い刀に仕上がりません。あまり鍛えられない刀は「付け焼き刃」といって、見掛けはよい刀と区別はつかないけれども、弾力不足になり、固いものを切ろうとするとすぐに折れてしまいます。
そこで、実力のないものができるもののまねをして態度を取り繕うさまを「付け焼き刃」というようになりました。
ところがどんなにいい刀でも実践では5人も切れば使えなくなってしまう、それならば戦場には安い刀を何本も持って行き、取り換えて使うほうが資金的にも戦力的にも有効です。結局、名刀といわれるものは、鑑賞用にすぎないのでした。
ある笑い話に「試験の前日、一夜漬けも間に合わないからと、カンニングペーパーを大量に作っていたら試験に合格してしまった」というのがあります。そう考えると、もしかすると付け焼き刃って悪いことだけじゃないのかな? と思えてくるから不思議ですね。
その場逃れのために、にわか仕込みで勉強することをいい、中世の鎌倉、室町時代につくられた刀鍛冶(かたなかじ)の用語です。
日本刀を作るには、何度も地金を金鎚で打って鍛えなければ、切れ味の鋭い刀に仕上がりません。あまり鍛えられない刀は「付け焼き刃」といって、見掛けはよい刀と区別はつかないけれども、弾力不足になり、固いものを切ろうとするとすぐに折れてしまいます。
そこで、実力のないものができるもののまねをして態度を取り繕うさまを「付け焼き刃」というようになりました。
ところがどんなにいい刀でも実践では5人も切れば使えなくなってしまう、それならば戦場には安い刀を何本も持って行き、取り換えて使うほうが資金的にも戦力的にも有効です。結局、名刀といわれるものは、鑑賞用にすぎないのでした。
ある笑い話に「試験の前日、一夜漬けも間に合わないからと、カンニングペーパーを大量に作っていたら試験に合格してしまった」というのがあります。そう考えると、もしかすると付け焼き刃って悪いことだけじゃないのかな? と思えてくるから不思議ですね。
■学ぶ(まなぶ)
物事を習ったり、ある技術を自ら修めたりする事を指す言葉であり、
他人のやることを「まねる」がなまってできたものです。
『平家物語』にこんな表現があります。
何事も六波羅様と言いてんげれば、一天四海の人みな是をまなぶ
平家全盛の時代、日本中の人々がこぞって平家の服装や動作をまねていました。この時代では「まなぶ」の言葉はまねをするという意味で使われていたのです。その後、江戸時代に入ると、武士だけではなく町民も盛んに学ぶようになり寺子屋が生まれ、一時は1万5,000までに成長します。
寺子屋の師匠のまねをしつつ、自分でもあれこれ考えることをさす「まなぶ」という言葉が広まりました。
また大学、国学といった奈良時代の、朝廷が開いた学校の学生は「ものならうひと」といわれていました。平安時代になり「がくしょう」と音読みされるようになったものが、さらになまって「がくせい」となるのです。
私たちは生まれて間もなくのころから、すでに「これは、なんだろう?」という「学ぶ」という言葉も覚えていないうちに分かりたい、探究したいと思う気持ちが自然に湧いてきます。人間は生まれてから死ぬまで絶えず学んでいるのですね。
物事を習ったり、ある技術を自ら修めたりする事を指す言葉であり、
他人のやることを「まねる」がなまってできたものです。
『平家物語』にこんな表現があります。
何事も六波羅様と言いてんげれば、一天四海の人みな是をまなぶ
平家全盛の時代、日本中の人々がこぞって平家の服装や動作をまねていました。この時代では「まなぶ」の言葉はまねをするという意味で使われていたのです。その後、江戸時代に入ると、武士だけではなく町民も盛んに学ぶようになり寺子屋が生まれ、一時は1万5,000までに成長します。
寺子屋の師匠のまねをしつつ、自分でもあれこれ考えることをさす「まなぶ」という言葉が広まりました。
また大学、国学といった奈良時代の、朝廷が開いた学校の学生は「ものならうひと」といわれていました。平安時代になり「がくしょう」と音読みされるようになったものが、さらになまって「がくせい」となるのです。
私たちは生まれて間もなくのころから、すでに「これは、なんだろう?」という「学ぶ」という言葉も覚えていないうちに分かりたい、探究したいと思う気持ちが自然に湧いてきます。人間は生まれてから死ぬまで絶えず学んでいるのですね。
こんな本を見つけました。
『歴史から生まれた日本語語源詮索辞典』
どんなふうに言葉ができたのか、
どんなふうに変化してきたのか、
歴史的背景も合わせて紹介されている本です。
一つ紹介します。
■蜜柑(みかん)
代表的な冬の果物にミカンがありますね。
漢語ではミカンのことを「柑(かん)」と書きます。
古代にこの語が日本に伝わり、コミカン*の実を「柑子(かんし)」と
いうようになり、「かんし」がなまって「こうじ」になりました。
13世紀(1201年~)前半頃に成立した『宇治拾遺物語』の中の一つ
「こぶ取り爺さん」の話では、おじいさんのコブは「大こうじ」ほどもあったと伝えられています。
室町時代(1336年~1573年)に中国から現代と同じミカンが入ってきます。
たいそう甘かったので「柑」に「蜜」を付けた「蜜柑(みつかん)」の語ができ、
それがつまって「蜜柑(みかん)」になったのです。
国内で蜜柑の品種改良が行われた江戸時代以来、
もとのミカンより、はるかに大型の果物に変わっていきました。
コミカン*
ギネスブックにも載っている
鹿児島の桜島でとれる世界一小さいミカン、
桜島小みかんともいわれます。
直径5センチにも満たない、一口でパクッと食べられるミカン、
何でも小さくコンパクトにする国民性のある日本ならではの果物という感じがしますね。
ミカンを代表とする果物に多く含まれるビタミンC、風邪をひきやすい
季節に一日1個食べると病除けになるのは周知のとおりですが
ほかにコラーゲンを生成する過程でもビタミンCは必要とされたり
鉄欠乏性貧血には、レバーなど鉄分を補給するようにと言われますが
ビタミンCも一緒に取ると吸収力がアップするそうですよ。
食事のあとのデザートって大切なんだなと思いました。
病気にも美容にもいいミカン、今日もおいしくいただきます☆
------
追記
大分県津久見市役所サイトで「尾崎コミカン先祖木」という木を見つけました。「わが国のミカンの元祖といわれているコミカン(紀州ミカン)の古木」、コミカンの栽培が始まったのは740年だとありますから、1,200年以上前です。流通するようになったのは室町時代のころですが、栽培が始まったのは鎌倉時代(1185年~1333年)からだったんですね。
『歴史から生まれた日本語語源詮索辞典』
どんなふうに言葉ができたのか、
どんなふうに変化してきたのか、
歴史的背景も合わせて紹介されている本です。
一つ紹介します。
■蜜柑(みかん)
代表的な冬の果物にミカンがありますね。
漢語ではミカンのことを「柑(かん)」と書きます。
古代にこの語が日本に伝わり、コミカン*の実を「柑子(かんし)」と
いうようになり、「かんし」がなまって「こうじ」になりました。
13世紀(1201年~)前半頃に成立した『宇治拾遺物語』の中の一つ
「こぶ取り爺さん」の話では、おじいさんのコブは「大こうじ」ほどもあったと伝えられています。
室町時代(1336年~1573年)に中国から現代と同じミカンが入ってきます。
たいそう甘かったので「柑」に「蜜」を付けた「蜜柑(みつかん)」の語ができ、
それがつまって「蜜柑(みかん)」になったのです。
国内で蜜柑の品種改良が行われた江戸時代以来、
もとのミカンより、はるかに大型の果物に変わっていきました。
コミカン*
ギネスブックにも載っている
鹿児島の桜島でとれる世界一小さいミカン、
桜島小みかんともいわれます。
直径5センチにも満たない、一口でパクッと食べられるミカン、
何でも小さくコンパクトにする国民性のある日本ならではの果物という感じがしますね。
ミカンを代表とする果物に多く含まれるビタミンC、風邪をひきやすい
季節に一日1個食べると病除けになるのは周知のとおりですが
ほかにコラーゲンを生成する過程でもビタミンCは必要とされたり
鉄欠乏性貧血には、レバーなど鉄分を補給するようにと言われますが
ビタミンCも一緒に取ると吸収力がアップするそうですよ。
食事のあとのデザートって大切なんだなと思いました。
病気にも美容にもいいミカン、今日もおいしくいただきます☆
------
追記
大分県津久見市役所サイトで「尾崎コミカン先祖木」という木を見つけました。「わが国のミカンの元祖といわれているコミカン(紀州ミカン)の古木」、コミカンの栽培が始まったのは740年だとありますから、1,200年以上前です。流通するようになったのは室町時代のころですが、栽培が始まったのは鎌倉時代(1185年~1333年)からだったんですね。
BtoB やBtoC は聞いた事があるのですが
BtoP とは、なんでしょうか。
B、business は企業
C、consume は消費者
P、Person は人物を、それぞれ表しますので
BtoB は企業間取引、BtoC は企業と消費者との取り引き、
ではBtoP というと、直訳すると企業と人間との取り引きとなります。
消費者という大きなくくりにするのではなく、
インターネットを介して人間対人間が取り引きをする、
そんなイメージかもしれません。
日本のパソコン普及率も7割を超えました。
これからは匿名性のあるインターネットから
相手の顔が見えるネットワーク作りに成長しているのかもしれません。
●参考サイト
IT用語辞典e-word
B to Cとは、電子商取引(EC)の形態の一つで、企業(business)と一般消費者(consumer)の取り引きのこと。企業間の取り引きはB to B、一般消費者同士の取り引きをC to Cという。インターネット上に商店を構えて消費者に商品を販売するオンラインショップ(電子商店)が最も一般的な形態だが、ソフトウェアや画像、音楽などのコンテンツを販売するビジネスや、オンラインゲームやオンライントレードのようにサービスを提供する事業者も登場している。
BtoP とは、なんでしょうか。
B、business は企業
C、consume は消費者
P、Person は人物を、それぞれ表しますので
BtoB は企業間取引、BtoC は企業と消費者との取り引き、
ではBtoP というと、直訳すると企業と人間との取り引きとなります。
消費者という大きなくくりにするのではなく、
インターネットを介して人間対人間が取り引きをする、
そんなイメージかもしれません。
日本のパソコン普及率も7割を超えました。
これからは匿名性のあるインターネットから
相手の顔が見えるネットワーク作りに成長しているのかもしれません。
●参考サイト
IT用語辞典e-word
B to Cとは、電子商取引(EC)の形態の一つで、企業(business)と一般消費者(consumer)の取り引きのこと。企業間の取り引きはB to B、一般消費者同士の取り引きをC to Cという。インターネット上に商店を構えて消費者に商品を販売するオンラインショップ(電子商店)が最も一般的な形態だが、ソフトウェアや画像、音楽などのコンテンツを販売するビジネスや、オンラインゲームやオンライントレードのようにサービスを提供する事業者も登場している。
友達に、このごろ仏教関連の仕事をするようになったの~というと、新聞を切り抜いてくれた。もったいないので、掲載しま~す。
------------------------------------------------------------------------
我が門家は夜は眠りを断ち
昼は暇を止めて之を案ぜよ
一生空しく過ごして万歳く悔ゆること勿れ
富木殿御書(ときどのごしょ)P970遍797
------------------------------------------------------------------------
通解
我が一門の者は夜は眠りを断ち、昼は暇なくこのことを思案しなさい。一生空しく過ごして、万歳に悔いることがあってはならない。
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我が門家は夜は眠りを断ち
昼は暇を止めて之を案ぜよ
一生空しく過ごして万歳く悔ゆること勿れ
富木殿御書(ときどのごしょ)P970遍797
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通解
我が一門の者は夜は眠りを断ち、昼は暇なくこのことを思案しなさい。一生空しく過ごして、万歳に悔いることがあってはならない。
友達に、このごろ仏教関連の仕事をするようになったの~というと、新聞を切り抜いてくれた。もったいないので、掲載しま~す。
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浅きは易く深きは難しとは
釈迦の所判なり、
浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり
顕仏未来記(けんぶつみらいき)P509遍562
------------------------------------------------------------------------
通解
浅い教えは信じやすく、理解しやすいが、
深い教えは信じ難く理解し難いとは、釈尊の教判である。
浅きを去って深きに就くのが仏の心である。
浅い教えか、はたまた深い教えか質問をぶつけると分かりますね。存外、先ほど言っていたこととは、まったく別なことをいっていたり、自分の思い通りに理論をねじ曲げたり、相手の心理を読み、弱い部分を突いたり、それを丁々発止とやりあうのは、なかなか面白かったりします(笑)。
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浅きは易く深きは難しとは
釈迦の所判なり、
浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり
顕仏未来記(けんぶつみらいき)P509遍562
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通解
浅い教えは信じやすく、理解しやすいが、
深い教えは信じ難く理解し難いとは、釈尊の教判である。
浅きを去って深きに就くのが仏の心である。
浅い教えか、はたまた深い教えか質問をぶつけると分かりますね。存外、先ほど言っていたこととは、まったく別なことをいっていたり、自分の思い通りに理論をねじ曲げたり、相手の心理を読み、弱い部分を突いたり、それを丁々発止とやりあうのは、なかなか面白かったりします(笑)。